今夏の映画化を見込み書店に平積みされている沢木耕太郎「春に散る」は、
ボクシングを題材とした小説の愛好家は手に取らずにはいられない作品。

これまで手にしてきた沢木作品は、
80年代~90年代にバックパッカーの間でバイブル的な存在として知られ、
青春時代にインドからイギリスまで陸路で旅した
自身の経験を基に綴った紀行小説「深夜特急」。
そして、カシアス内藤、円谷光吉 等 アスリートの人生を描いた、
スポーツノンフィクションの名作「敗れざる者たち」の2作品のみ。

ついては、随分と長い間沢木さんの作品は読んでいなかったのですが、
気骨とロマン溢れるボクシング小説との評判を聴きつけ即購入。
上下巻から成り読み応えがあるにも関わらずページをめくる手が止まらず、
あっという間に読み終えてしまいました。

先ずもって主人公・広岡の人物設定が良い。
不器用だけれど強くて根が優しい。
かつてボクシングの世界チャンピオンを目指したものの挫折し単身渡米。
異国で長らく暮らすも帰国を決意。
取り巻く面々は訳ありの個性派ばかりで、
思いもよらぬ形で交錯し人生の舵が切られていく・・・

拳闘シーンも時にシャープに時にスリリングに描かれているけれど、
どちらかというと人間模様の描写に重心が置かれている印象でそのバランスも良い。

小説が纏っている無骨さと諦観は沢木作品に通底するもので、
長らく失われていた感覚が蘇りそこに大地の鼓動を聴いた気がしました。

( 沢木耕太郎「春に散る」上下巻 朝日文庫 2020年2月発売 )
( 映画「春に散る」佐藤浩市・横浜流星主演 8月25日 封切り )