幼き日の記憶は皆さんどれほどあるものなのでしょうか。
わたしは時に異常なほど鮮明な記憶が残っている部分があります。
父は野球部の監督を務める中学校の熱血教師で
当時赴任していた宮崎県の北端にある漁師町で4歳まで育ちました。
特にその時期の記憶は三つ子の魂とでも言うのか深く刻まれています。

熱血漢の父は指揮を執る野球部に心血を注ぎ
県の王者を目指し休みなく練習をしていました。

大きな試合が近づくとそれこそ寸暇を惜しみ鍛錬し
ナイター設備などないなか少しでも練習時間を確保するべく
ボールに石灰をまぶし月明かりに反射させノックを打っていたほどでした。

そうして野球中心に回る我が家の事情ながら
いわゆるパパっ子だったわたしは父との時間を奪う野球をあまり好きになれず
本当のことを言うとどちらかといえば嫌いで、
野球好きにさせようとする試みを度々受けていたものの
当然のことながら全くもってボールとグローブに興味を示さず、
誕生日の朝目覚めると枕元にそれが置いてあった幼き日
当時大好きだった「バトルフィーバーJ」という戦隊モノの、
超合金で出来ているというマザーシップと交換して欲しいと
心から思ったことを覚えています。

2歳から保育園に通い本来なら年齢相当の黄組に入るはずが
人数超過で3歳児が入る赤組に入るはめになり、
1年経った春に進級のクラス替えが行われた折
1つ年上の皆が4歳児が入る青組の教室に移動したのに
わたしだけが年齢相当の赤組の教室にポツンと取り残され、
その疎外感から絶望的な気持ちになり大泣きしたこともありました。

4つ年上の姉がおりますが
齢の差がある弟と遊ぶのがつまらなかったらしくちっとも相手をしてくれず
あまりにも面倒を見ないことに母がうるさく言った時のみ
仕方なしにわたしをままごとに加えてくれておりましたが、
タタミ半畳ほどのままごとシートのうえに上がることを許されず
わたしの役回りはいつも木立にたたずむフクロウというのが決まりごとでした。

ただ救いは隣家に住む1つ年上のシゲル君というヒーローの存在。
クワガタやカブトムシを採るのがとても上手で
裏山には秘密基地を保有しており
冒険を恐れず物知りですとても頼れる兄貴分だったのでした。

ドリフターズの「8時だヨ!全員集合」は当時大人気番組で
幼子にも分かるその笑いはいつでも楽しく興奮させてくれましたが、
残念ながら山陰にあった一戸建ての教職員住宅は電波の入りが悪く
コンディションの良し悪しに左右されながら土曜の夜を過ごしたものです。

しかし隣家のシゲル君の家ではバッチリ映り安定して番組を楽しめることから
父の許しが出た日のみ姉とともにシゲル君の家にお邪魔して視聴。
けれども、厳格な父は「ドリフを観るとバカになる」と基本的には認めておらず
お隣からお声掛けをいただかない限り隣家では見られないという条件があり、
年に数えるほどしかないレアケースを土曜の夕方になると待ち望んでいたのでした。

コロナ禍、志村けんさんの訃報を受け追悼番組が放送されるなか
先日、志村さんへのオマージュと共に掲載されたとある新聞記事を拝読したその瞬間、
幼き日に隣家にて大人数でテレビを囲み
「8時だヨ!全員集合」を観た光景がフラッシュバックし
それに紐づき前述した幼き日のセピア色の記憶が堰を切ったように駆け巡り、
あの日の匂いや季節感まで驚くほど鮮明に思い起こされたのでした。

一瞬で記憶を呼び起こしシナプスさせる国民的スターのこの威力。
志村さんあなたはやはり偉大な人です。
いつも心に灯をありがとうございました。
どうぞ安らかにお眠りください。

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